2016年5月6日金曜日

2016香港食べ歩きメモ 初日

  中国返還直前の香港にやってきてから、「香港通い」が始まって20年近くになる。はまったのは私だけではない。一家そろってはまってしまった。
  はまった理由は、かつて九龍城にあった「啓徳空港」だと思います。薄汚れたぼろビル群の中に突っ込んでいくように着陸する飛行機の窓から外を見ていると、ぼろビルの一室で食事をしているランニング姿のおじさんが見えることもありました。
  こんなことが許されるなんて、これぞ香港!-地上から着陸間際の飛行機を見たくて、わざわざ九龍城まで出かけ、ビルの谷間の上空を覆うほどの巨大な飛行機が轟音とともに通過していくポイントで写真を撮るのに夢中になったこともありました。そう「魔都・香港」というにおいがまだあった時代でした。

  もちろん、はまった理由は「空港」だけではありません。どうやら我が家はそろって食い意地が張っていたようなのです。豪華ホテルのアフタヌーン・ティーから地元おやじが新聞片手に一人でつまむ飲茶、マンゴー系のデザートと、香港の食に次々とあっという間にはまってしきました。
空港が替わり、街も超高層ビルが次々と生まれ、一級の国際都市へと急激に変化してきた香港。この変貌ぶりは、おいしいものを食べるために、毎年のようにやってくる私たちでさえびっくりするほど。


  その香港へ、旧正月前の1月末、4年ぶりに家族4人で行ってきました。食べ歩きメモを何回かに分けて残しておきます。




1日目(1月28日)

  今回は3泊4日、宿は佐敦のBPインターナショナルで4万円という格安のツアーでした。これで飛行機はLCCではなく、映画付きでビール飲み放題?のキャセイ。機内はガラガラでした。(ただし、関空のセキュリティー・チェックに長蛇の列。30分以上は軽く並んだと思います)

  香港の空港では、雷のせいで作業が中断し手荷物が30分以上も出てこないトラブルの挙句、やっとツアーメンバー全員がそろったと思ったらメンバーの一人が化粧室に携帯電話を忘れたとかでバタバタ。(結局、見つからず)。何だかんだで1時間以上もロスしてホテルへ着いたら5時前。どこへ行くのも中途半端なので突沙咀まで散歩し、重慶ハウスで両替を済ませ、早めに夕食へ出かけることにしました。

  というわけで、6時過ぎにはホテルから近い「金山海鮮酒家」へ。



  香港の食堂・レストランでは満員状態になるのは8時ごろから。人気がある庶民的な店でも7時ごろまでなら席に余裕のあることが多い。なので、6時半ごろまでに行けば電話で予約していなくてもまず大丈夫なのですが、本日は6時過ぎ。テーブルはほとんど空席状態でした。





  ビール(私たちの好みは香港の地元ビール、サンミゲール)を2本頼んで、料理のオーダー。

まず、香港で覚えた食べ物の代表選手の巨大シャコ。時価だったので、「ハウマッチ」と聞くと「350」と書いてくれた。ウーン高いなあ。4匹の値段らしいので半分の2匹を素揚げ(椒鹽)で頼みました。

    続いて、ここの名物・雲英鶏をハーフ(半羽)。蝦のすり身を揚げたもの。

   今日は少し高級路線でハタの清蒸。こちらも時価で「480」と来た。息子が楽しそうに店の外の水槽へ行って、すくい上げた実物をカメラに収めてきた。

 ウーンと後は何か野菜、時菜炒めで計5品。


  ビールを一口飲み干すと、鶏がやってきた。ここの雲英鶏はみんなのお気に入り。たぶん、煮るか蒸すかしてあると思うのですが、しっとりした食感、皮までおいしい絶品です。












  ついでシャコと蝦のすり身揚げがきました。初めていただいた蝦すり身揚げもシンプルな料理ながら、素材のうまみでビールがガンガンすすみます。

  シャコは20年ほど前の香港で初めて出会い、その場で即、はまった。出会ったのは九龍城にある「創発潮州飯店」(今も健在です)。そこで注文した椒鹽賴尿蝦(シャコの素揚げ)、出てきたシャコの巨大なこと、ところが皮は食べられそなほどで柔らかく、身は独特の蝦より歯ごたえのあるプリプリ感で適度な甘さ。すべてにビックリ。

  以来、我が家にとっては香港グルメの代表選手のような存在です。でも出会った当時、それほど高いという印象はなかったのですが、最近はお安くないなって感じがしてきました。シャコだけでなく、何から何まで高くなった気がします。20年以上も日本の物価が停滞している間に、ビュンビュンと経済成長を遂げ、物価も上昇していったせいでしょう。


  そして出てきたのがジャジャーン、ハタの清蒸。1匹を丸ごと、しょうゆ系の味で蒸した一品。これがなんてったって本日のナンバー1でした。新鮮な白身魚特有の上品な甘味を含み、脂が乗ったほろほろプリプリの身。蒸し加減も抜群。骨付きの魚が苦手な女性陣まで、皮と骨までしゃぶりつきそうなほど。



 蝦のすり身を揚げたもの



季節の野菜















  で、ビール5本空けて、お会計は1236ドル。

  ここはあえて腹八分目。麺を食べに深水ぽ(土編に歩)へ向かいます。この駅の周辺には結構おいしい麺屋が集まっている。実は今回は息子から麺をサブテーマにという注文が入っていました。彼は大のラーメン好きで、あちこち食べ歩いてはせっせとラーメン・サイトに投稿するほど。

  地下鉄から地上に出るとあいにくの大雨。それでも、ちょっと歩いた屋台街にある「長発麺家」を目指したのですが、あまりの大雨に、女性軍からは化粧室のご所望もあり、ギブアップ。途中にある豆腐花の「公和荳品廠」の本店へ立ち寄り。









  でも、香港ではこういうお店の化粧室は入るのは「気合い」が必要です。

  お気に入りの香港ですが、結構キツイのがトイレ事情。まず第一に地下鉄の駅にトイレがない。そこで公衆トイレを探すか飲食店のトイレを借りることになるのですがそのトイレが汚い。男性はいいとして女性が大変。ウエスタン・スタイルだと、あの便座の上に乗って用を足しているのでは、としか思えない汚れ(らしい)。しゃがみこむアジアン・スタイル?の方がよほどまし。

  (ところが今回の香港でびっくり仰天。なんと香港の地下鉄にもトイレが登場。画期的!さすが一流の国際都市!)

  さて、相変わらず雨がひどいので、優しいお豆腐のデザートをいただいて(1つ8ドル、4人で32ドル。相変わらずリーズンブル)







  麺は、近くの「劉森麺家」に変更。みんなは雲吞麺(27ドル)でしたが、私一人蝦子労麺(35ドル)。













          蝦子労麺


こちら雲吞麺












  同席になったおじさんが、「ここの麺は竹でしっかり打っているからおいしんだよ。だからお客も地下鉄に乗って遠くから食べに来ているような人ばかりだ。私も突沙咀から来たんだ」と嬉しそうに話しかけてきた。麺はともかく、私には別添えで出てきたスープの甘さが少し気になりました。計116ドルなり。

  雨はドンドンひどくなる一方。もう一軒ほど香港スイーツの店でも行きたかったのですが、本日の食べ歩きはこれにて終了。

2016年4月11日月曜日

米国立公園・チャネルアイランド(カリフォルニア)下

アナカパ島 2完



この島のハイライトは島の西端、最高のビューポイント、Inspiration Point(インスピレーションポイント)


船着き場から、島の北側を回って行く遊歩道と南側の遊歩道がループ状になっているが、どちらを通っても島の中央部にあるキャンプ場に行きつく。


キャンプ場と言ってもあるのはトイレのみ、テント、食料はもちろん水、燃料などすべて持ち込みだ。このキャンプ場から再び遊歩道は南北に分かれ、700~800メートルほどで島の西端、インスピレーションポイントに行きつく。私たちは南縁からキャンプ場、今度は北の遊歩道を通ってインスピレーション・ポイントへ向かった。








まるで穏やかな高原なところをの~んびりテクテク、ポクポク歩く。聞こえる音は「ボーーーー」「ボーーーー」規則正しく鳴り響く灯台が発する音だけ。

濃霧の時に「ここに灯台があるよ~」と航行する船に知らせる、霧笛の音だ。

で、振り返ってみうると、ポツンと灯台が見える。その間、本当に木は一本もない。低い木もない。あるのは草だけ。

























この島だと、雨が降ってもすぐに海へ流れ落ちてしまうに違いない。だから生えている草は、肉厚の乾燥に強そうな植物や雑草だけ。














今いる島は東アナカパ島、ここからチャネル・アイランズが始まる。だから西の端のインスピレーション・ポイントへ立つと、お隣の中アナカパ島から西アナカパ島へ続く島並が迫ってくる。島と海と空、その景色が最高のビュー・ポイント。この先の島にはペリカンなどの野鳥も多いらしい。











ポイント近くの入り江に船が1台。どうやら潜っているみたいだ。シー・カヤックで来るのも最高だろうな。でも年寄の冷や水ってやつかな。












今度は東の端の灯台を目指す。そのころには、島中を勝手に歩き回っている同じ船で来た仲間とも顔なじみ。なにしろ狭い島の中だいやでも何度か遭遇する。






この日のロサンゼルス地方の気温34度。遮るものがないこの島、だんだん暑さがこたえてきた。準備のいい人は黒い雨傘をさして歩いてる。




ふ~、灯台着。



これで島のほぼすべて。お昼を食べ、ゆっくり島をくまなく歩き回っても2時間もあれば見つくしてしまう。お気に入りポイントへもう一度出かけてみたり、ベンチに座って海をぼんやり眺めたり。ゆったりとした時間が心地いい。



3時に集合のころは、すっかり日焼けしていました。最後に、船着き場を船はArch Rockアーチロックの裏に回り込んで、岩棚で日光浴しているアシカ見物のサービス。自然をいっぱい楽しませてくれました。

2016年3月28日月曜日

米国立公園・チャネルアイランド(カリフォルニア)上

アナカパ島 1



2015年10月、米ロサンゼルスへ行っていました。ロスに古い友人がいて、今回で6回目。前回は3年前で、自動車で米西部の国立公園を3週間ほどかけて回りました。でも今回は、時間が空いたので突然でかけたもので、国立公園はサンタバーバラSanta Barbaraに近いベンチュラVentura郡の沖合に浮かぶチャネル・アイランズ国立公園Channel Islands National Parkの「Anacapa islands」に行っただけ。その旅のメモです。



西からサンミゲール、サンタローザ、サンタクルーズ、アナカパと島が並ぶチャネル・アイランズ国立公園は、一部海軍の用地がありますがほとんどは国立公園になっている無人の島々。海鳥やシーライオン(アシカ)の楽園です。


今回訪れたアナカパ島はチャネル・アイランズでも最も東にある一番小さな島。ヴェンチュラ郡の海岸から、くっきりと島影が見えるほどの近さです。



チャネル・アイランズの島へ行くほとんどの船はヴェンチュラ港から出ますが、アナカパ島だけは隣町にあるオックスナードOxnard港発。港から船で1時間半足らず、イルカやサメ、クジラ、アシカが生息する海に浮かぶ、木一本生えていない、無人島でした。





朝9時半、オックスナード出港、午後4時半帰着の一日一本。それもこのシーズンは金・土・日の週末のみ。出発は9時半だが集合は45分前なので朝が早いです。











この日は40人足らずのお客さんとカヤック2台が荷物。島には宿泊設備はありませんが、キャンプ場はあります。

といっても、キャンプ場の設備はトイレのみ、水まで自分たちで持ち込む必要があります。キャンプする人がシー・カヤックを楽しもうというのでしょう。

ほとんどの人は日帰り、私たちはシニア料金だったので一人54ドルです。







船がヨットハーバーを抜け、港を出るとそこは太平洋の大海原なのに穏やかな海。








オックスナードの海岸からも見えていた沖合のに浮かぶ?採掘施設を過ぎる。




途中、イルカが飛び跳ねているといい迂回してイルカの群れと並んで走ったり、サメが見えるといいスローになり、その姿を見せてくれたり、クジラが潮を吹いているのを見て船を止めたり。そのたびに船内は大騒動。なかなかやってくれる。







島が近づいてきた。

左端に白い灯台も見える。島は海から数十メートル、突き出した岩の台地。

















船は島の東部にある、ちょっとした窪みに取り付けた階段だけというLanding Coveに到着。








船を停泊させるとばかり思っていたら、エンジンの力で船尾を陸に押しつけている間に乗客に下船しろという。ちょっとワイルド。







崖の底に作った岸壁から一気に157段の階段を上ると「上陸」である。




島は全長2キロあまり、東西に細長い島で、陸地に面した北側から南淵にかけてグッとせり上がっているが、ほぼフラット。樹木は1本もなく、島の東端にある灯台だけが”そびえて”いる。





上陸地点から200~300メートルほどの所にビジターセンター、レンジャーステーション、など4、5戸の建物が集まっていて、トイレやピクニックテーブルもある。そこが島の中心地。でも人はいま船から降りた私たちだけ。










11時を回っていたので、さっそくお昼にしようと、ビジターセンターから200メートルほど歩いて、島の南淵へ。何もないむき出しの地面の向こうは数十メートルはある切り立った断崖。すくむ足、引ける腰で恐る恐る東側を見るとはるか下の岩に波が打ち寄せる光景が灯台まで続いている。Pinniped Point(あしかポイント)といい、カリフォルニア・アシカやアザラシの繁殖地らしい。残念ながら肉眼では確認できなかった。島の北側にあるCathedral Coveという入り江もアシカやアザラシがいるらしい。


2014年11月26日水曜日

プーケットぐーたら旅行 6

いつごろからか、定年退職したら、世界を旅してみたいと思っていた。
まず、2012年・64歳を迎える春、アメリカ西部の荒野に広がるグランド・キャニオンやモニュメント・バレー、イエローストーンなどを20日ほどかけて、妻と二人でアメリカ西部を車で巡る旅に出かけた。英語力はお粗末だったが、旅のスケジュール、予約から運転まで、ちょっと「自立」した旅になった。

もう少しこんな旅をしてみたいと思っていたのですが、のびのびになった2年ぶりの旅は、一転、息子夫婦と4人でタイ・プーケットへ、ぐーたら旅行。



プーケットぐーたら旅行

第5日 6月1日

最後の朝は、雲が空を覆い、どんより沈みきっている。散歩もいかず、バルコニーから海をながめ、少し早めに朝食へ。

   海に近い席に座って今日も、すっかり定食になってしまったいつもの大食いコース。オムレツとパン、ワッフルにフルーツ、朝の私のフルコースだ。食後、プールでちょっとゴロゴロしていたが、浜へ出て、少しアンダマン海の波に遊んでもらいたくなった。

   体だけのちょっとした波乗り。荒い波だと、うまく体を波に乗せると体がもみくちゃにされながら、砂浜にたたきつけられる。コツは波が砕ける少し前に体を投げ出す、そのタイミングだけだが、これがなかなかうまくいかない。早すぎても遅すぎても波の強烈な巻き込むパワーを体で受け止められず、体が豪快に運べれて行かないのだ。

夢中になって遊んでいると、息子がやってきて同じことを始めた。「結構遊べるね」「そうだらう、なかなかうまくいかないだよ」いつの間にか、小雨がぱらつきだした浜辺で、頭も薄くなった白髪のじいさんと、少し腹回りがダブつきだしたいい若いもんが黙々と、波に遊んでもらっている。


   じいさんは一足先にプールサイドへ引き上げたが、息子は一人でやっている。すっかりはまったようだ。荒れた海はそれなりに心配なので、プールサイドからぼんやりと海を眺めていたが、なかなか上がってこない。


   一度部屋に戻り、フェイス・ブックの更新をしにロビーへやってきた。

   ノートPCを今回も持ってきたが、WiFi環境は部屋でも使うには有料、ロビーだと無料だというのだが、プーケットまでグータラしに来て、部屋で一生懸命ネットしているというのも気にくわない。で、着いた2日目の朝にPCを持ってロビーまできて一度フェイス・ブックを更新したきり。帰国の日ぐらい更新しておきたくと思ったが、自分のPCをわざわざロビーに持ってくるのも面倒なのでホテルのPCで更新することにした。4台もあるのだが、使っている人をほとんど見たことがない。


   USBに写真を何枚か入れておいて持ってきただけ。

   もちろん、日本語が使えないが、ネットがつながりさえすればそこは日本語の世界。入力は英語ですがね。写真を何枚かアップロードし、簡単な英文で済ませてフェイスブックの更新完了。

   こうして海外に来てメールをしたり、ファイス・ブックの更新をしたりしていると、リアル・タイムで「つながっている」という不思議な感覚が実感できる。

   今回のようなグータラじゃなく、毎日移動するような旅行だと、自分のPCで地図やレストランの検索、宿の予約・確認などスイスイ、信じられないほどの便利さもたっぷり享受できる。さらに、デジカメの簡単な整理にも超便利。

   一度この便利さを味わってしまうと、ちょっと荷物になっても、どこへ行くにもこれだけは手放したくない。

   部屋に戻って相棒の荷造りを手伝っていると、雨が降ってきたらしく、外が騒がしい。

   こりゃあまずい。プーケット最後になる昼食は、カタノイ・ビーチの北の端のちょっとした岩場に建つ、有名な「Mom Tri's Villa Royale」のレストラン「Mom Tri's Kitchen」まで5分か10分ほど歩いて、海をながめながらランチにしようと思っていたのだが…。外を見ると、南国の雨らしくかなり激しく振っている。まずいじゃないですか。

   服も着替えて、出発の準備万端で外を見ても、雨はまるでやみそうな気配もない。



   最後の最後で雨じゃあ仕方ないね。ホテルの目の前にあるレストランになっちゃった。ここもタイ+イタリアン、中華などなんでもありの万国人気者メニューだったが、お味の方はご推察ください。



   ビールなども飲んでのんびりしてホテル・ロビーに戻ると、ツアーの現地ガイドさんが待っていた。あまり呑気にしすぎて、集合時間に遅れたみたい。

   すっかりネジが緩んだようだ。



   来た時と同じコースを車に揺られていると、すぐに雨も上がってきた。来た時より道はすいていたが、飛行場までたっぷり1時間。明るい中をゆっくり飛行場に近づいていくと、プーケット国際空港って、日本のちょっとした地方空港って感じだ。ガイドさんの案内でチェックインも終わって、私たち家族だけになったところで、順番にトイレへ行く。

   出獄審査でまた待たされるようなことがあると大変。一番にトイレを済ませ、皆を待っていてふと気が付いた。ノートPCどこへ入れた?リュックをあけると、な、い、。

   必死に思い起こす。そうだ、今預けた荷物に入れたんだ。それも一番上に。

   やばい!!!!!!トイレから帰ってきた息子に「パソコンを預けちゃった」とだけ言って、バゲッジ・クレームの半券にぎって思わず先ほどのカウンターまでダッシュ。

   当然荷物はもうそのあたりにはない。カウンターのお嬢さんを捕まえて必死にわめいた。あわくって、必死だった。何をどう言ったのか覚えてないが、どうせ「My computer、in my bag」程度のことだろう。すると、トランシーバーを持ったおにいさんを呼んでくれた。半券を見せながらわめいていたら、トランシーバーで連絡をしてくれた。

   しばらくやり取りをしていたが、付いて来いという。

   付いていくと、左右に広がるカウンターちょうど中央部分、左右から運ばれてきた荷物が、ここで階下の穴倉目指して下って行くベルトコンベアがT字形になったところで金網状になった出入り口にかかっていたカギを開け、さらに付いて来いと、ベルトコンベアに沿って階下に続く階段を先に立って下り始めた。

   そこは、滑走路に続く地上階で、降りてきた荷物を仕分けする作業場だった。作業中の手を休めた好奇の目にさらされる中、呆然としていると、すでに車の荷台に乗っている荷物の中から自分の物を捜せという。なるほどそういうことか。合点だ。バッグはすぐに見つかった。だが、カギがかかっている。

   まずい!!!「Locked.Key! Get the key!」とかなんとか、わめいて、おにいさんの返事も待たず、階段を駆け上がって、カウンターから飛び出し、びっくりした顔のカウンターのお嬢さん方を横目にみんなが待っているところまで戻り、あっけにとられた家族に「カギ、かぎ、鍵。バッグのカギを出してくれ」叫んで、出された鍵をひったくって、再び通路から作業場まで転がるように降りたら、フー。おにいさんがバッグのそばで待っていてくれた。ノートPCを取り出し、思わず、「サンキュー、サンキュー、サンキュー」おにいさんの手、両手で握りしめちゃいました。

  それにしても。振り返れば、結構エガタイ経験でした。セキュリティー管理が厳しい空港で、作業現場まで乗客を入れてくれるなんて、あり?荷物探しは時間がかかるので、係員のおにいさんの機転だったんだろうが、日本とかだったらどういう対応をしてくれたんだろう。

  おかげで、私は普通の状況じゃあ進入させてくれない空港の荷捌き現場まで入り込み、その前近代的な作業現場をつぶさに見学することが出来たのですが、ま、相当に貴重な体験だった。

    それやこれやありましたが、すべて強引にいい思い出にして  プーケットを出発です。

  出国手続きがなければ、国際空港といっても本当に地方空港。のどかにグッバイです。




  プーケットを夕方に出て、香港には深夜に着。





  相棒は久しぶりに、香港島の夜景を見れたと、大喜びでした。

   でもそこからが大変。日付が変わるまで空港にいて午前2時前の出発で早朝6時すぎに日本へ帰着。せいぜいうたたね程度の過酷なスケジュールでした。



  24時間眠らない香港空港も、深夜10時か11時ごろにはデューティー・フリーも閉店、時間をつぶすところもないので、私一人、香港のベンチで一時間ほど爆睡しました。

  この未明に出発する便は、いろんなところからの接続便らしく、なかなかの盛況。なるほど、やはり香港を起点にして東南アジアから豪州方面あたりへのフライトは、使えるルートですね。

   未明のフライトは疲れましたが、これは、楽しみなルートを見つけました。次は、LCCですね。





                        プーケットぐーたら旅行 
                              終わり























2014年11月6日木曜日

プーケットぐーたら旅行 5

いつごろからか、定年退職したら、世界を旅してみたいと思っていた。
まず、2012年・64歳を迎える春、アメリカ西部の荒野に広がるグランド・キャニオンやモニュメント・バレー、イエローストーンなどを20日ほどかけて、妻と二人でアメリカ西部を車で巡る旅に出かけた。英語力はお粗末だったが、旅のスケジュール、予約から運転まで、ちょっと「自立」した旅になった。

もう少しこんな旅をしてみたいと思っていたのですが、のびのびになった2年ぶりの旅は、一転、息子夫婦と4人でタイ・プーケットへ、ぐーたら旅行。





プーケットぐーたら旅行

第4日 5月31日



今朝も1人で浜辺を歩いたり、軽くジョギングしたり。部屋に戻り、ベランダに出て本を読んでいるうちに、相棒の支度が整い、レストランへ。比較的すいていたので、浜辺に近い席につく。周囲を見回すと、小さな子ども連れの人が多く、今日も西欧系の人が3分の2、アジア系の人が3分の1という感じか。


日本の方は、小さな女の子1人を連れた40代前半ぐらいの家族に昨日1組出会っただけ。そういえば、昨日のコーラル島も日本の方はゼロでしたね。しばらくすると息子夫婦も現れた。



   波の音を聞きながら、今日もまず一回り目はカンパーニュ風のパンにハムやチーズ、野菜などを軽く乗せてオープンサンド風。オムレツも添えて。ジュースやスープもいただいて。2回り目はワッフル。チョコといちごのソースに、たっぷりとホイップクリーム。軽く果物を添えて。

   3回り目は果物中心に。ここへ来てから毎朝同じメニューをご機嫌でいただいています。それにしてもよく食べますね。家にいるとジャム&ヨーグルト、バナナ、ピーナツバーを塗ったトースト半分とアイスティーで終わり。軽く3倍は胃袋に入っているはずなのに、ちゃーんとお昼ごろにはおなかが気持ちよく空きます。どうなってるんでしょうね。






   時間があるので浜辺へ出てみる。ブラブラ散歩していると、幸せそうなカップルに出会った。ウエディングドレス・スタイルで記念。裸足で浜辺を二人して走ったり、カメラマンの注文は、いまやバンコク共通ですね。





   10時に隣の息子夫婦の部屋をノック、これから少し遠出です。プーケット一の人気ビーチ、パトンまでお土産買い出しに出かけます。


   今日は北へ、カタ、カロンとビーチを二つ通り過ぎ、パトンまでトゥクトゥクにたっぷり乗れます。地図を見ると昨日の「Chalong Bay」より遠いです。目指すのはパトン・ビーチのど真ん中にある「Jungcylonジャンクセイロン」という巨大なショッピングモールだそうです。そちらの方は女性軍におまかせで、こちらは付いていくだけ。トゥクトゥクの料金は500バーツでした。


   途中のカロン・ビーチも大きなにぎやかなビーチだと感心しましたが、パトンは桁違いとはこのこと、カタ・ビーチに比べると二つほど桁が違いそうな大きな町でした。ビーチはどこにあるのか分からないほど、大きなホテルの建物が点在し、その合間にレストランやナイトクラブやお土産店やなにやかにやの店が軒を連ね、道路は午前中から車があふれて騒然。確かにこれだけにぎわいのある町なら美味しいレストランもありそうですが、これじゃあ、アンダマン海の夕日どころではないでしょうね。



バン・ビーチに入る手前で、車がガンガン行き交う路上に、小象がウロチョロ。これもタイらしい光景でしょうね。








   今回の旅ではどこに宿を取るかで、少し考えました。空港のさらに北にあるJWマリオット・プーケット・リゾート&スパが最有力候補でしたが、周辺には小さな町もないようで、食事を含めてホテルに閉じこもりになりそうでした。一方、パトンのホテルを見てみると、ビーチに出るのもホテルによっては町中をケッコウ歩くことになりそうで、かといってホテル内のプールサイドだけでは、ゆっくりリゾート気分というわけにいかないでしょう。ということで「ビーチに近い静かなところがいいが、歩いて行けるほどのところに町があるような」と、旅行代理店に相談してアレンジしてもらったのがカタノイ・ビーチでした。


   やってきたパトンは私が想像していた以上の、大はしゃぎ系の町でした。



   主なお店は11時の開店。30分もしないで到着したものだから、までまだまだ時間があります。少しうろつくと、3つか4つほどのビルのブロックがあり、そのビルの広い谷間を大きなアーケードが覆い、おしゃれな屋台のような露店が並んでいます。







  

   もちろん、ビルの中にはファッション、お土産店から「ビッグC」というタイ随一のスーパー・マーケットのチェーン店や、回転ずしやファーストフード店などなど、300店以上の店が集まっているんだそうで、ここでガッツリお土産をゲットする算段だそうです。しばらくすると人が集まってきました。








   女性勢はすでにどのビルに目指す店が入っているのか、調査済みのようでした。みるからにおしゃれなお土産用の商品を並べた店が集まった広いフロアを丹念に見て回り、最終的には「NaRaYa」のバッグ、小物を並べた店へ。30分ほどかかって熱心に吟味し4、5個お買い上げ。続いて香り系の店へ。きれいに花の形に、彩色、カービングした石けんや何やかやを何個かお買い上げ。ゾウの財布など小物も買い込む。


   おなかも減ったし、疲れたのでお店の一角にあるフードコートでお昼にする。気に入ったお店でタイ風の汁ソバを指さしで注文すると、指さしやらジェスチャーやらでフードコートの中央にあるレジで先にお金を払って来いということのようだった。2人で300バーツ。支払い済みの紙を持って帰ると、汁ソバが出来上がっていた。ちょっと面倒くさいが、食券を買うようなものだと思えばいいのか。







   一休みしたところで、次はスーパーをのぞいてみる。お土産用のチョコレートやお菓子類はスーパーに限る。ゾウの形をしたチョコや、ピリッと辛いえびせんべいや、とにかくちょっとタイっぽいお菓子を買いあさる。果物売り場でマンゴスティンやマンゴーを買い込む。こちらはホテルへ持って帰って冷やしておいて、部屋でいただく算段。


   さらにブラブラ歩いていると、木彫りのゾウなどが積まれた一角を発見。さっきのお土産ショップにもあった、観光客用のいかにもタイっぽいグッズが、グーンと安い値段で転がっている。思わず私まで、ゾウさんの形をした財布や、小さな人形まで買ってしまったぐらい。

   先に買い物も終わって、店の中をブラブラしていると、すっぴんでお買いものしているニューハーフのグループを発見。「これこそタイの素顔だ!」とおやじギャグの独り言。

   当初の予定では、この日はパトン・ビーチの後は夕方から、プーケット・タウンで週末に開かれるウィークエンド・マーケットに出かけることになっていた。ドンピシャの土曜日だったが、クーデター騒ぎで万全を期し、都心部で人がたくさん集まるところへ行くのは控えようというにした。プーケットへやって来てみると、何の問題もなさそうだったが、変な欲は出さないことにした。ちょっと残念だったけど。

   で、トゥクトゥクに乗ってホテルへ。本当にどのトゥクヨゥクも内装には相当凝っていて、「トゥクトゥク図鑑」でも作ればケッコウ面白いものが出来そうな気がする。




   水着に着替えてプールサイドでごろごろ。昨日から団体でやって来た豪州?の若者たちが、ビールを一気飲みしたり、ふざけあっている。今日も空模様は、雨季はどこへ行ったの?といういい天気。


   そんな中を、本を読んだり、プールに入ったり、ウトウトしてみたり。




   部屋へ戻り、今度はバルコニーに座ってビールを飲みながらぼんやりとヤシの葉越しに海をながめる。


   プールのにぎやかな連中もいつの間にかいなくなり、青い空の西の水平線から沸き立つ積乱雲が少しずつ朱色に染まって、そのうち青い空まで、少し赤みを帯び始めた。



  

   今日は昨日よりきれいな夕日が見えそうだぞ。隣の部屋の息子もバルコニーにいた、女性勢も誘って海辺へ出てみる。







   繰り返し繰り返し押し寄せる波が、砂浜の奥までヒタヒタ押し寄せてくる。その押し寄せる波が夕日を反射して砂浜を赤く染め上げる。「昨日より今日。最後の夕日は最高だね」




   最後の夜の夕ご飯、もう一度カタ・ビーチのローカル・レストランに挑戦。「Eightfold」ここも上位の店。品ぞろえも、味も「Sugar and Spice」といい勝負でした。タイ風焼きそば、エビの炒め物などおなじみの品々が並ぶ中、タイ料理とは違うが、皆には甘めに味付けした豚のスペアリブが一番人気だったかな。で、今晩も1300バーツなり。どうやら今回の旅は、朝ご飯が一番思い出深ったかも。


   プーケット最後の夜は、息子たちの部屋でビールを飲み、スーパーマーケットで買ってきて冷蔵庫で冷やしておいたマンゴーやマンゴスティンを4人でいただく。マンゴスティンも悪くないが、私はやっぱりマンゴーだな。